徒然日記

約7年間の出来ごとです。

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「いらねぇって言ってんだろうよ‼」

インターホン越しから聞こえてきた罵声に驚きながら慌てて謝り、玄関を出た。

手にした地図の中の「鈴木」という四角で囲まれた箇所にペンで×印をつける。他にも「佐藤」「田中」×印で埋め尽くされた名字が並ぶ。

地図を畳み、一向に減らない大量のチラシと商品のサンプルが入ったバックを担ぎ上げると無意識にため息が出る。

一今さら牛乳宅配って。

今から約2ヶ月前、大学を卒業し入社したのは牛乳宅配専門の会社だ。大手メーカーから卸売りされた商品を宅配する、所謂昔ながらの「牛乳屋」を法人化したのだという。

その中の営業課に配属が決まり、1ヶ月程の軽い研修を受け、無理矢理ながら独り立ちさせられてしまい、現在に至る。

昔と違い、コンビニやスーパーが建ち並び、牛乳宅配を獲る人は減っていく一方であり、更には生協やネット通販の普及により、新たに始めようとする人も中々いない。

最近では、悪質業者の被害も拡大され、インターホンを鳴らしただけでも不審者扱いされる始末。

まあ、これは業種問わず全国の営業の皆さんも同じ悩みを抱えてるに違いない。

そう自分自身に言い聞かせ、隣の家のインターホンを押す。

しばらくすると年配の女性が玄関の扉を開けた。

「お忙しい中すいません。近所の牛乳屋です。テレビや雑誌で取り上げられている宅配商品のサンプルを近所の皆さんにお配りしていますので、もしよろしければ受け取って下さい。よろしくお願いします。」

よかった。噛まずに言えた。昨日、家で何度も練習した成果が出たのかもしれないと安堵したのも束の間、「私、見ての通り年寄りなもので耳がよく聞こえないの。ごめんなさいね。」
と、相手にもされず玄関の扉を閉められた。

絶対聞こえてるだろ。耳が悪いとか嘘だろと言い返したら負けである。仕方がない。再び地図の中の「佐伯」に同じように×印を付ける。

1日朝から晩まで「いらない」「けっこう」「必要ない」酷いときには警察呼ぶぞと脅かされ、それでも折れた心に鞭を打ち、新たなお客さんになってくれる方を探していく。

飛び込み営業っていうのは何て言うか、まあこんな仕事だ。