徒然日記

約7年間の出来ごとです。

10

「俺が飲んだのはどれだ?」
そう言って奥様からパンフレットを乱暴に奪い、作業着に身を包んだ初老の男性が自分に尋ねてきた。

「そのページの1番左上の小さい瓶に入っている牛乳です。」
そう伝えると男性はその商品の所を暫くの間じぃーと見て、
「よくわからん。」
と、パンフレットを投げ捨てた。

なんだ。結局いらないんじゃないか。

無惨にも床に落ちたパンフレットを拾い、帰ろうとしたとき、
「今のやつ、俺が飲むから。兄ちゃん、何か書かなきゃいけないんだろ?」

そう言って、手を差し出してきた。
驚きのあまり、え、あ、はい。と間抜け丸出しの返事になってしまったが、鞄の中から書類とペンを取り出し、手渡した。
「こちらに名前と連絡先をお願いします。」

男性は乱暴に書き殴った後突っ返してきた。

「あの…毎日1本飲むような感じでよろしいですか?」
各々の会社によって異なるが、配達の最低本数が決まっている。健康機能商品を吟っている性質上、通常は1日1本をベースに1週間に7本の配達をする。

しかし、7本では多いという理由で、5本や4本、聞くところでは2本の会社もあるらしい。
配達員の人件費やガソリン代等のコストをなるべく減らすために、最初は毎日1本つまり7本での契約を勧めるのがセオリーになる。

「兄ちゃんの好きにしていい。ただ、あんまり高いのは勘弁してくれ。」

「わかりました。それでは毎日1本という形でお届けします。配達日は月曜日と木曜日の週に2日。それぞれ3本、4本とお届けします。大体4000円いかない位になりますが、よろしいでしょうか?」

「それでいい。」

これでゴネられたらと不安だったが、杞憂に終わったようだ。

「最後に受け箱を玄関先に置かせて頂きますので、少々お待ち下さい。」

車に戻り、真新しいビニール袋に包装された受け箱を1つ取り出し、駆け足で戻る。

「こちらでよろしいでしょうか?」
「ああ。」
玄関先の鉢植えの横に置き、とりあえず契約後の一通りの作業を終えた。まさか契約してくれるだなんて思わなかった。嬉しさのあまり顔が思わず綻んでしまうのを必死に抑える。

「今日はありがとうございました。それでは失礼します。」

そう言って、退散しようとしたとき、
「ちょっと待て。」

嫌な予感がした。